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九州ツーリングの終わりに──バイクでつながった縁と、次の旅の期待

雨上がりの新緑 本土最南端「佐多岬」
本土最南端「佐多岬」
阿蘇で感じたキャンプツーリングの醍醐味|九州ツーリング2日目の夜
阿蘇への渋滞を抜け、ふもとのキャンプ場で温泉と出会いを楽しんだ2日目。XJR乗り夫婦や地元ライダーとの語らいが、ツーリングの夜を思いがけず温かく彩った。

朝、目を覚ますと、昨日の大雨が嘘のような快晴だった。
まるで旅の終わりを祝福するように、雨上がりの光が木々を照らしている。

ツーリングは4日目で終了。
最後の任務は、名古屋ナンバーのCB750Fの彼を、高速道路の入口まで見送ることだった。
前日の疲労もあってバイクに乗る気力はなく、車で先導して20分ほどのICまで送り届けた。

「じゃあ、気をつけて」

そう声をかけて手を振った。

彼が走り出したあと、ふとルームミラー越しに見えた朝の陽光。
乾き始めたアスファルトと、木々の間から差す木漏れ日。その景色は、今でも心に焼き付いている。
これで、僕の九州ツーリングはひと区切り。
一人の部屋に戻り、余韻に浸りながらふと思った。

「バイクでつながった縁。またこういう旅をしてみたい」

旅の終わりに残ったのは、疲れと達成感、そして小さな希望だった。

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番外編|あの夜を、忘れない

それからしばらくして、僕は結婚した。
さらにその翌年、あの名古屋ナンバーの彼から一本の連絡が届いた。
「今度、広島方面に行くんだけど、ちょっと寄ってもいいか?」
久しぶりの再会。彼は鞆の浦あたりを回ってきたらしく、夕食を一緒に取りながら積もる話をした。
最終的に、やっぱりあの夜の話になった。
「もしあのとき、泊めてもらってなかったら、絶対に帰れなかったと思う」
と、彼はしみじみ言った。
僕も昔、XJR400で名古屋へ帰省した時は、あの距離の厳しさをよく知っていた。
今では連絡を取ることもなくなって10年以上経つけれど、不思議と彼の番号は今もスマホに残してある。

そうそう、もう一つ。阿蘇で出会ったXJR1200乗りの夫婦からは、その後乗鞍へ行った時の写真が届いた。
やっぱり二人乗りだった。幸せそうで、なんだかうれしかった。

旅は終わっても、出会いは残り続ける。

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プロフィール
この記事を書いた人
taro

気付けば40代中盤に差し掛かり、25年を越えたバイクライフや趣味の楽器やDIYに関した記事を投稿しています。
保有資格:原付 普通自動車 普通二輪 大型二輪 1級建築士 第2種電気工事士 1級建築/土木施工管理技士 2級FP 宅建士

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