こちらは二日目
当時自分で書いた手記のまま書き起こししてて、中には思い出せないような出来事もありますけど、だいたい思い出せるものですね。
さて、今日この日の目的地は、四国の三大岬にカウントされる最西端の佐田岬。
これまでもいろんな最〇端に行ってきましたけど、今までで一番たどり着くのが困難だった岬という思い出です。
宿毛のビジネスホテルから四万十川のほとりを進む
酷道を経て四万十川へ
今日が最終日。
この日の朝の事は結構よく覚えてます。
バイキングで食事をとって、外へ出ると結構寒くて朝日に向かって走り、ガソリンスタンドを探しました。
この頃の「前日には給油しておく」反省がもう少し活かされれば、北海道でもいくらか不安なことは減ったかもしれません。≫納沙布岬
また、当時のメモにある国道441号線。
川の堤防を走る国道だったのですけど、路面も荒れてて、俗にいう酷道だったように思います。
清流 四万十川に掛かる沈下橋を眺めながら
何本か渡ったのでどれがどれか忘れてしまいましたが、橋脚の形からしてこの写真は岩間の沈下橋ではなく、別の沈下橋と思われます。
四万十川には何本も沈下橋が掛かってますが、いざ渡ろうと思うと欄干がないせいで結構怖いです。
9月下旬の朝ということもあって空気はかなり冷たくなってきてましたし、もう少し気候が良ければ日向ぼっこでもして時間を潰してたかもしれません。
当時のメモにあるように、四万十川の川辺を走る3桁酷道とは違い、県越する国道は非常に走りやかったです。
それだけに「国道だから」という理由でルートを選択すると大変なことになりますので注意してください。
四国最西端の佐田岬へは時間の余裕をもって
さて、いよいよ三大岬の最後佐田岬踏破の瞬間です。
冒頭に、今までで一番困難だった最〇端とご紹介しましたけど、その理由は「とにかく遠い!」この一言に尽きます。
半島の尾根をはしるメロディーラインで佐田岬へ
メロディーラインを延々と走った覚えがあります。
途中、大分に向かうフェリー乗り場があったのはびっくりでした。
もしここまで足を延ばすことがあれば佐田岬経由九州行という選択もありかなぁと思いました。
四国の最西端「佐田岬」踏破
長い佐田岬半島を走って四国の最西端に位置する佐田岬。
さらに駐車場からは20代の私が歩いて15分なので、今の私だと20分くらいはかかるかもしれません。
写真が悪いですが、こちらが佐田岬灯台の入り口。
正直・・・もう一度行きたいかというと・・・
一つには母が佐田岬が綺麗だったと行っていたので、一度行ってみるか位のノリでしたからね。
周防灘越しには大分県のも見えます。
そうそう、佐田岬で大分の何やらが見えるねと他のライダーと話していて、対面は大分県であれがワールドカップでも会場になったスタジアムだよと教えてもらいました。
最○端という場所に行っても大抵は海しかありません。
なので、海の向こうに違った土地があると感じた岬はここが初めてのような気がします。
道の駅きらら館
こうして帰宅の途へ着きますが、道中の道の駅きらら館でジャコカラを食べました。
昼食時間が遅かったのもありますけど、めちゃおいしく食べました。
松山市内を経由してフェリーで自宅へ
実は両親の出身地が愛媛ということもあって、まったく土地勘がないわけでもないんですが、松山へよった目的は、松山駅前で学生時代の友人と会う約束をしてたんです。
学生時代は同じ93年式のXJR400の赤と黒を乗ってた仲です。
その後ゼファー1100を乗ってたんですが、そういえばそれ以降はご無沙汰。
今はどうしたんだろう。
そんなこんなで彼も会いに来てくれたけど、仕事中だったため早々にお別れしフェリーで帰宅の途へ。
阿賀ー堀江港フェリーで広島へ
堀江港からフェリーで阿賀港へ。(今は廃止されています)
この頃ってスモークシールド使ってたかな?と思いながらも、フェリーから妻に帰宅の報告をして、無事帰宅。
いろんな思い出の中、四国ツーリングは幕を閉じました。
最終日の走行距離 374km
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